西へ進み、鳥追観音に10時40分着。
会津ころり三観音の最後、如法寺へ到着。ここは鳥追観音の名で知られています。
ここは人がいる。お堂の中に入れます。
創建は807年、平安時代初期。徳一という僧によって作られたと伝えられる。
徳一(とくいつ)は、知名度はいまいちですが、同時代の空海、最澄と並び立つ高僧でした。彼自身の著作が伝わっていないのですけど、最澄の著作に登場し、東北地方への仏教の普及に力を入れていたのが分る。
東北の高僧といえば慈覚大師円仁ですけど、実績から言えばけして劣らないのです。文書には「奥州徳一」と書かれていることから、東北の僧侶といえば徳一だった。
さて三観音のひとつですから本尊は観世音菩薩です。が、ここのはちょっと変わった来歴が伝わる。
まずサイズなのですが、一寸八分(54センチ)しかないのです。これは、元々が携帯用の「掛仏」だったからなんです。この仏像は6月の間だけご開帳されます。
奈良時代、行基がこの地に訪れた際、地元百姓の「いくら作物を植えても鳥に食われてしまいます」という訴えを聞き、携帯していた小さな観音像を百姓に授けたという。観音像は自ら鳥よけの鳴り物(鳴子)を鳴らし、鳥を追い払ったという伝説です。だから鳥追観音と呼ばれる。この観音像は当初阿賀川の川岸(御身が淵)に祀られていた。
平安時代にこの地へ通りかかった徳一が鳥追観音を拝んだところ、夜にお告げを夢で見た。観音像は、私を南にある山に移せ、と告げたという。
夢のお告げにしたがって徳一が現在この寺がある地へ寺を建てた、というのが創建由来なのです。いかにも仏教の嘘くさい話ではありますが、元となった史実はうかがい知ることができる。
これで母の代参は済みました。会津ころり三観音、無事コンプリートです。
これで母も僕も長患いせず、ポックリ死ぬと期待しましょう。
それから国道49号線を西へ、新潟へ進む。
これほど山奥でも全く路面に雪はない。ここにも雪道がないということは、今後ももうだめだなあ。
道の駅阿賀の里に11時半に入りました。
本来なら長岡あたりで昼食のはずだったけど、もう腹減っちゃったな。ちょっと迷ったがここで昼飯にすることにしました。
が、にしんそばを食べたんですが、あいにくまずかった……
そばは茹ですぎてコシがないし、ニシンは生臭くてまずい。失敗したなー まずくても腹にはたまってしまった。
生臭さが口の中からなかなか消えなくて、ガム噛んだり飴舐めたりしながら走ります。
新潟の平地に出てきました。
遠くに弥彦山が見える。新潟といえばやはり弥彦山です。
13時半に長岡駅近くの山本五十六記念館に入ります。
長岡は山本五十六の故郷。
河井継之助や三波春夫も長岡出身ですが、やっぱり山本五十六人気は高い。中に入るとかなりのにぎわいでした。
あいにく撮影禁止なのですが……
中には山本五十六が戦死したときに搭乗していた一式陸攻の主翼先端部、そして彼が座っていた座席があり、ちょっと驚いた。
そして直筆の手紙などが展示されています。
山本五十六はその人気と知名度の割に、戦史研究者からは批判されることも多い。真珠湾攻撃はともかく、その後の消極的で戦力小出しの戦術が敗戦時期を早めた、というもの。
たしかに彼は戦術家としては?がつくことも多いのですが、当時の評価で一致しているのは人格者だという点です。人格的な批判は同時代人からもほとんどない。それはすごいことです。残念なことに、有能な参謀がいなかったということなのです。
まあそれに、山本五十六だろうが誰だろうが、日本の敗北は必至です。だれが采配しても変わるものじゃない
次に向かったのは、馬高縄文館。
この台地の上の平坦地は、馬高遺跡という縄文時代中期の集落跡です。
そして縄文中期の新潟といえばこれ。火焔土器です。
縄文土器といえばみなが連想する姿が火焔型土器。正式には馬高式土器という。
新潟県中部から福島県西部にかけて出土する、すごく装飾性の高い土器です。
見た目からして実用品じゃなさそうなのですが、ちゃんと煮炊きに使われている。焦げた、ススのついたものが多いのです。
その芸術性のたかさから、国宝や重要文化財に指定されている土器も多い。
少し離れたところに、新潟県立歴史博物館があるのでそっちも見ようと前まで来たのですが……
なんと駐車場に入れない!
なにか、イベントをやっているらしいのですよ。博物館に入れないというのは初めてだなあ。
仕方ありません。帰宅ルートに入ろう。
なんせこの暖かさ、長岡の平地で17度も気温があるんですよ。もう雪道はないだろう。長岡ICから高速道路に乗りました。
正面に見えるのは、越後三山。
左から越後駒ヶ岳、中ノ岳、八海山の三山。標高は2000mちょいですが、すごく高く見える。
石打、湯沢にさしかかると、両側にスキー場が見えます。日本最大のスキー場銀座です。
積雪量はたっぷりありますけど、この暖かさじゃな……雪もべしょべしょでしょう。
長いトンネルを抜けて群馬県に入った。
するとさっそくの渋滞情報がきた。今日は三連休中日です。
一回目の渋滞に巻き込まれた。15分ほどつきあわされました。
が、この先も埼玉県内が断続的に東京まで渋滞が発生している。事故じゃなくて、自然渋滞です。
こうなるともう、深夜まで渋滞は解消されない。
寄居PAに入ってコンビニで軽く食い物を買い、ルートを検討しました。
圏央道には渋滞箇所はない。関越だけだ。
ならばここのスマートICから降りて、圏央道のICまで一般道で行くか。
寄居や嵐山の細かい道を走っていく。
このあたり、クモの巣のように道路が張り巡らされていて、非常に複雑です。ナビなしだと厳しいルートだなあ。
やがて6時をまわり、日が暮れました。
圏央鶴ヶ島インターチェンジまで1時間ほど下道を走り、再び高速道路へ乗りました。
圏央道もそこそこの混雑ですが、止まることはない。速度は6~70kmで流れていますが、渋滞してないだけマシだな。
地元には19時半すぎに到着。
まずは雪解け水で泥だらけの車をGSの洗車機に入れます。路面に雪がないとはいえ、融雪剤で車は真っ白なのです。
帰宅は20時前。
今日一日の走行距離は533km、二日間の合計走行距離は1035km。
二日間の平均燃費は 14.5km/Lでした。
もうすっかり路面に雪はなく、スタッドレスタイヤでなくても走れる路面でした。実際、オートバイでのツーリングも多く見かけた。
これでもう冬季ドライブは終わりだなあ。一回も積雪路面に遭遇しなかったよ。暖冬のときは仕方ないですな。