今冬は雪が多いらしい。神奈川県西部でも十数年ぶりの積雪があった。
だが、前回僕が雪国に行ったときには、まるっきり路面に雪がなくて、がっかりしました。たまたま雪がなかっただけなんでしょうか。
そうこうしているうちに2月中旬にはもう暖かくなってきてしまい、もう雪はダメかなあ。
2月の連休、雪道ドライブ、とは考えず、普通に福島県をドライブしようと考えました。
今回は、温泉、そして宿で二食たべる、しっかり休養旅行とした。還暦間近なこの頃、とみに疲れを感じる日が多い。やっぱり年寄りの疲労回復には温泉でしょうな。源泉かけ流しで料理の美味しそうな安い旅館を探したんですがね、あいにくどこもいっぱいで……
で、「1万円」という制限をとっぱらって源泉かけ流しで大浴場つきの宿を探しました。まあなんとか、いい感じのホテルを見つけられた。
源泉かけ流しで料理が美味しくてやすい旅館、とか1ヶ月前じゃ全くだめですなあ。半年くらい前に予約しなくちゃだめかな。
いき先は、あまり雪がないと思われる福島県東部から西へ向かって横断し、新潟県へ抜ける。
朝4時、ディフェンダーで出発。
神奈川県から福島県東部へ行くルートは、なやましい。
最短距離を行こうとすると横浜から東京の湾岸を通って行くのが最短で、ナビにもそれが真っ先に出てくる。だが、そのルートは渋滞が怖い。今日は三連休初日です。
アクアラインを通って千葉に入り、そこから北上するルートも考えましたが、そのルートも結局は東京湾岸を通る。
茨城県と神奈川県の間には、東京という大きな壁が立ちはだかっているのです
ちょっと遠回りになりますが、いつも使う圏央道を経由して東京をぐるっと迂回し、常磐道に入るルートを取ることにしました。
満タンにしてから高速に乗るのですが、GSの隣にある道の駅湘南ちがさき。
朝4時過ぎの時点で駐車場がほぼ満車。キャンピングカーが数多く駐車している。この状況は前も見たんですが、もうすっかりオートキャンプ場と化している。問題を起こさないうちは容認されてるでしょうが、なにかやらかしたらたちまち車中泊禁止になりそうな状況です。
早朝の圏央道に乗る。
毎度のことながら、圏央道はトラックが7割。非常に走りにくい。速度70kmくらいで流れています。
今回は、自宅で朝食を食べていません。時間節約のためもあるんですが、3時半とかに朝食食べちゃうと、10時前に腹減っちゃうんですよ。なので7時ごろPAのコンビニで朝食を買おう。コンビニ併設のPAをあらかじめチェックしておいたのですが、意外に数は多くない。
坂東PAはコンビニがある最初のPAです。
立ち寄っておにぎりなど食べる。神奈川は6℃あったのに、ここは0℃です。茨城は寒いな。
常磐道に乗り、北上。やっと道路が空いてくれた。
北茨城ICで下道に降りました。
朝ちょっと早過ぎて時間があまりそう。なので寄り道です。
大津岬に着きました。
展望台があるので登ってみる。
この建物はなんだろう?と思って近くに寄ってみると、岡倉天心の映画で使ったセットの建物だと書いてある。
岡倉天心はどういう肩書?というと難しい人ですね。画商か?というと違うし、美術評論家?でもないしね。
彼の業績は、日本美術の再発見、というと適切でしょうか。
明治維新後、浮世絵や日本画は急速に需要が減少しました。西洋美術が一気に流れ込み、本来の美術品カスタマーがみんな西洋にかぶれちゃったんですね。日本画はもう時代遅れ、古い、という認識が広まった。
いやいや、日本美術は素晴らしいよ、と言い出したのはアメリカ人でした。アーネスト・フェノロサという学者です。彼はお雇い外国人として来日し、東京大学で哲学などを教えていました。日本で日本美術に触れ、その素晴らしさを海外に紹介した。
そのフェノロサのサポートをしていたのが岡倉天心です。
明治時代には廃仏毀釈があったりして日本の仏像や襖絵はもうゴミ扱いだったのですが、それらを保護する活動を行った。美術の学校も作った。
日本人って基本新しもの好きで、なにかあたらしいものが入ってくるとそれに飛びつく性質があるんです。こういう似たような話ってよくあるんですよ。日本人がもういらない、ってなったものを外国人が高く評価して日本人がそれを再発見するってパターンです。
岡倉天心は日本美術院研究所を設立し、その五浦研究所があったのがこのすぐ近くです。
この建物はあくまで映画セットですが、ちゃんとした建物だったので保存されてるわけですね。
いわき市石炭・化石館ほたるに9時ちょうど到着。
駐車場にはD51が置いてある。
高萩から平にかけての山は、かつて石炭がとれたのです。常磐炭田という。
明治維新直後に発見され、東京に最もちかい炭田として期待されて開発が進められました。横穴のトンネルを深々と掘って採掘するタイプではなく、地上から下に向かって掘り下げていくタイプの炭鉱でした。露天掘りも行われていた。
が、色々問題があったんですよね。まず産出される石炭の質が良くなかった。使える状態にするために手間がかかる石炭でした。また、地下水が大量に湧いて採掘も難しかった。
それに事故が続発した。天然ガス、メタンガスがおおく噴出し、ガス爆発事故が何度も起きた。地盤も悪くて落盤事故も多かった。
戦後、やがて石炭採掘が割に合わなくなります。昭和40年代には生産が縮小し、昭和51年に閉山となりました。今、その炭鉱のあとはスパリゾートハワイアンズとか住宅地とかに変わっています。
が、ここの展示は石炭じゃなくて恐竜がメインです。
石炭が取れる=古い堆積層が地表近くにある ってことなのです。
これがフタバスズキリュウです。本物は東京国立科学博物館にあるのでこれはレプリカ。
いわき市の大久川河岸で、鈴木直さんによって発見されました。
高校生鈴木さんの恐竜発見物語は、子供の頃に学研の雑誌で読んであこがれましたねえ。第一次恐竜ブームだったのではないでしょうか。
子供の頃は恐竜の化石を見るとその大きさに驚いた。こんな巨大な生物がいたのかと思った。
でもおとなになると感想が変わるもので、クビナガリュウも「これくらいのサイズなら現在いてもふしぎじゃないな」と思うんです。クジラなんかより小さいんですよ。頭は馬より小さい。これなら人は食われたりしないだろうなと思う。
白水阿弥陀堂に到着。
しらみず、と読みます。すぐそばにある願成寺の建物の一つですが、なんと平安時代後期の建築です。宇治平等院などと同時期の建築。
福島県最古の建築、そして国宝です。
永暦元年(1160)、岩城氏の徳姫が、夫の岩城則道の菩提を弔うために建てた。Uの字形の池に囲まれた作りなど、平安末期の浄土式庭園の姿をよく伝えているという。
東日本大震災で損傷を受けましたが、無事修理が終わっています。
なかには阿弥陀如来像と四天王像があるんですが、なぜだか受付にも人がいなくて開いていなかった。