まだ13時過ぎか。早すぎるな。
スーパー林道をノントラブルで走破できたおかげで、だいぶ時間がある。
そこで高知県を観光することにしました。
道の駅からすぐ近くの龍河洞へ。
駐車場から土産物屋が並ぶ道を登っていくのですが、最後に気になる店を見つけた。土佐壺屋という鍛冶屋直売店です。
土佐鍛治は「土佐打ち」と呼ばれてもっぱら山仕事をする人にナタや鎌を作ってきた、歴史ある鍛治です。あらゆる形状の刃物を作れるといわれ、クワや金槌、モリや釘にハサミなども作ってきた。僕も土佐のナタを一本持っています。
手作り品に目がない僕は何か買っていくことにした。
切り出しナイフとかナタも良かったのだけど、一番よく使う刃物と言ったら包丁です。万能包丁を一本買うことにしました。1時間で名入れしてくれるというので、僕じゃなくて奥さんの名前を入れてもらうことにし、先へ進みます。
龍河洞入り口です。
1200円払って中へ。
いきなり頭ぶつける高さです。この鍾乳洞は広いというよりも長く狭い。
日本三大鍾乳洞の一つだという。
中の高低差もかなりあるし、予想外なのが気温です。
鍾乳洞って、中が通年気温が変わらないのですが、そのために夏に入ると涼しく、冬に入ると暖かいのです。汗かいてきた。
この鍾乳洞、昭和9年に探検が行われ、全貌が明らかになった。
だが、人がこの洞窟を利用し始めたのはなんと弥生時代です。
これが神の壺と呼ばれるもの。
弥生時代中期の土器が、鍾乳石に覆われている。2000年以上の時間をかけてこのようになったのです。
戦前は弥生時代は神代つまり神々の時代という認識でしたので、神の使った壺というわけです。
この洞窟からは、多数の土器のかけらや食べかすと思われる骨などが見つかりました。火を使った跡もあり、地面と天井が黒く煤けていた。
昭和12年、実験のためにここに小さなカメが設置されました。先の神の壺の形成過程を知るための実験です。
それから88年かけて、今このような状態になっている。
洞窟の出口に博物館がある。
ここで出土した土器などが展示してあります。
弥生時代に洞窟住まい?というのは発見当時から謎でした。この時期すでに日本列島では平地に住んで稲作、というライフスタイルが普及していた。高知県最大の弥生集落遺跡、田村遺跡群の存在は弥生中期には弥生式ライフスタイルの人々が土佐へ入植していた証拠です。
ここで弥生人が山奥の洞窟で生活していた理由は諸説ある。
一つは弥生時代に発生した戦乱です。戦いから逃亡し、あるいは戦いに備えて標高の高い場所に住む人々が少なからずいた。その延長線上で、この山の上の洞窟に住居を構えたという説です。
もう一つは恒久的な住居ではなく、狩猟や山仕事のための仮住まい、という説。今の狩猟小屋や炭焼小屋みたいな感覚でしょうか。
また、古事記日本書紀には土蜘蛛という種族が土佐におり、ヤマトに刃向かっていたとある。ツチグモとは、土作りの家または土に穴を掘って住む、足の長い人々という意味です。
本州西日本では早々に平地の竪穴住居に人々は住んでいましたが、ここ土佐では穴居する人々が弥生時代に至ってもまだ存在していたということになる。
鍛冶屋によって、買った包丁を受け取ってから車へ。
そこから10分ほどで四国自動車博物館へ。
中へ入ると圧巻です。
四国の田舎の博物館、どうせ大したことないだろうとバカにしてたんですが、とんでもなかった。
デロリアンだ……バック・トゥ・ザ・フューチャーのレプリカ仕様です。
ロータス・エスプリターボ。
2.2リッター直列4気筒ターボが本来搭載されているエンジンでしたが、この車体はエンジンを換装してある。なんとF1用に開発された3リッターV8ターボが積まれており、500馬力ちかくでるという。
隣はアバルト・レコルト・モンツァです。競技専用車両です。
アルファロメオのレーシングカーと、白いのはジュリエッタ・スパイダー・ヴェローチェです。
フェラーリのディノ246と、奥は206S、365GTBデイトナ。
みな初めて見る車ですが、ディノは比較的多く作られた車種なのに、初めてだな。すごく小さくて意外だった。ものすごいかっこよさ。今のフェラーリってそんなに好きなデザインでもないのですが、この時代のはいいですねえ。
シェルビー・コブラ。これまためちゃくちゃかっこいいなあ。
そしてランボルギーニ・カウンタックとロータス・ヨーロッパ。まさに僕の世代、スーパーカーブームを代表する二台です。
もう飛び抜けたかっこよさです。一生に一回でいいから乗ってみたいものだ。
ランチャ・ストラトス、そしてラリーカーの二台。
赤いストラトスって初めて見るな。
日本車もある。スバル360は自動車博物館ならどこでもありますが、とても優れたデザインです。
日本のスポーツカーといったら外せないのがヨタハチと2000GT。
バイクのコレクションもこだわりを感じるな。バイクは陸王、メグロ。
トライアンフやBSAなど、イギリスのカフェレーサーが多い。
ノートン・コマンドなど初めて見る車種が多いなあ。
非常に貴重なのが、かつてあった四国のバイクメーカーの車両があることです。
ブルーバード、コンドルというメーカーが四国にあったのです。
戦後まもなく、まだ四輪車が高価で一般市民にはなかなか買えなかった時代、安価な自動車としてオートバイが一気に普及しました。全国で300とも400ともいわれるオートバイメーカーが乱立した。
エンジン製造は簡単ではなかったために、軍の払い下げエンジンがさかんに利用されました。文字通り自転車にエンジンをくっつけただけという簡易なバイクから、本田技研のように自社開発エンジンを搭載した本格的なバイクまで、何百車種とあった時期がある。
BMWのRエンジンを搭載したレーシングサイドカー。
文字通りエンジンにかぶさるスタイルで、こりゃ熱そうだなあ。この形状をみると思い出すのがキカイダーの乗っていたサイドマシンですね。サイドカーというものの存在を知った番組だった。
自動車博物館は日本中あちこち入りましたが、ここも非常にいい。
例えばトヨタの博物館は、自動車の歴史全体を俯瞰できる素晴らしい展示でしたが、ここは「自動車マニア」が好きな車を集めました、って感じ。
桂浜へやってきました。有名な坂本龍馬像は何度も見てるのでパスし、山の上にある高知県立坂本龍馬博物館に入ります。ここは以前はなかった。新しい施設です。
まあ、坂本龍馬知らんという人は日本にはいなさそうなのでよしとして、展示は文書が主なもの。
特別展は龍馬を評した文章の展示。
有名な勝海舟や、盟友の陸奥宗光など龍馬が他者からどう見られていたのかがよくわかる展示です。
常設展はレプリカではありますが、龍馬の手紙が多数。
龍馬は筆まめで有名で、140以上の手紙が残されています。やはり姉に向けて書かれたものが多く、独特のユーモラスな文体が魅力的です。
ちょっと不思議なことに、ここにも中国人ツアーが来てるんです。龍馬知ってる中国人ってそう多くはなさそうだが、何しに来てるんだろう……とか思っていたんですが、あとで調べると意外でした。
龍馬は中国でも人気あったんです。小説の「龍馬がゆく」が翻訳され、日本のヒーローという認識らしいですね。
これは坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された近江屋の部屋の復元です。
近江屋はすでに現存していませんが、旅館じゃなくて醤油屋の二階です。
二人の血痕のついた掛け軸は、現存している。
そして16時半、サンピア・セリーズにチェックイン。とても立派なホテルだ。なんせ連休です。安いホテルは予約できず、ちょっと高めの宿です。
今日の走行距離は194km、燃費は 11.2km/Lとなった。
大半超低速走行でしたからな、距離も燃費も伸びません。
部屋は和室、一人で使うのがもったいない広さだなあ。まずはすぐに大浴場に入る。ここはけっこう広い浴室でした。
夕食は道の駅で買った寿司。道の駅の弁当にはずれなしです。
弁当食べていたら、近くで花火が打ち上がったのでびっくり。
慌てて撮影してみたのですが、もー全然うまくいかない。手持ちじゃ無理だなあ。
旅行に出ると、徐々に早寝早起きになっていくんですよ。昨晩はなんとか10時半まで起きていられたのですが、この夜は眠くて10時前に寝てしまいました。