秋の四国ドライブ旅行 二日目前篇

スーパーホテル高松禁煙館で朝5時過ぎに起床しました。
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6時半から朝食。
小さいホテルですので食堂というよりラウンジで食べるんですな。空いているし、まずまずいい朝食です。やっぱりサラダとヨーグルト、フルーツがあるといいですね。
あと、さすが香川県、うどんもあります。
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7時半にチェックアウトし、駐車場へ歩いていく。駐車代はホテル割引で1700円のところを1000円で済みます。が、やっぱりホテル前に付属駐車場が欲しいところですが都市のホテルじゃそれは贅沢なのかな。

高松市内でまず満タン給油し、西へ向かいます。
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金毘羅宮近くの駅前にある無料駐車場に8時50分に入りました。
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そこから金毘羅宮へ歩いていく。
こんぴら、と読むのが割と一般的ですが、正式な読みは ことひら です。地名駅名は琴平と書いている。が、異論もある。そもそも金毘羅とは何か。
通常は金毘羅大権現はインドの神クンピーラを指し、クンピーラ神がここ金比羅宮のある象頭山へ飛来した、という伝承が通説です。つまり、創建当初から仏教の神を祀る、神仏習合の神社だということになります。

が、これは後付だという説もある。
もとは役行者がこの山で修行した、という話があったり、いくつか伝説があるんです。
が、いずれにせよこの神社は修験道が由来であり、神仏習合の神社だということです。もともとは神社ではなく、松尾寺といった。明治の廃仏毀釈の際に、分離して神社となっている。

周辺には有料駐車場が多くあるんです。が、およそ神社に近いところほど高いなあ。
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遠くに停めたメリットもある。参道をゆっくり歩けるってことです。
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僕は金毘羅宮は初めてなんです。
近くを通ったことは何度もあるのに、一回も立ち寄っていない。それはあまりに有名な観光地で、混雑してそうってことが大きいですね。固有の駐車場がないのもネックだし、それに建物自体は新しいってことも理由です。
が、この有名観光地に行かないでは心残りなので、今回小豆島行きが中止になったことでここへ来る気になりました。
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朝9時から結構人が歩いてますが、半分以上中国人です。道を塞ぎ、大声をだしてうるさくてしょうがない。
あれれ?確か中国政府から日本へ行くなって言われてるはずだが?全然言うこと聞いてないじゃないか
なんとか中国共産党にはもっと強硬かつ実効性の高い禁止命令を出して欲しい。もっとしっかり厳正に、一切日本への渡航を禁止すべきです。日本国内に居住、滞在している中国人には帰国命令を出した方がいいでしょう。がんばれ中国共産党。
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名物の急な石段を登っていく。これが結構大変。
途中で上着を脱ぐ。

僕がうっすら覚えているのが、この階段、確か寅さん映画に出てきたと思うのだがな。
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でっかいスクリューが置いてある。地元造船会社の奉納ですね。
金毘羅さんはもともと修験道の寺でしたが、瀬戸内海を見下ろすそのロケーションから、瀬戸内海の神、ひいては船乗りの神、造船の神とされたんです。明治に修験道が禁止されたこともあり、その頃から急速に「海の神」として広まった。
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本物の馬だ……神馬ですね。
体格の小さい日本の馬です。
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表書院が公開されていたので、入ってみた。万治2年(1659年)の建築で、現存する金比羅宮の中では最古の建築です。
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9時半過ぎ、本宮に着きました。けっこう足に来てるぞ。冬場だからいいけど、これは夏には来られないなあw
金毘羅宮は、明治維新までは寺でしたから、見ての通り神社っぽくない。完全に寺の建物ですね。
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この本殿は、1878年、明治の建物です。まああんまり古くはない。でも大変立派です。
明治に寺をやめて神社となって以降、主祭神は金毘羅大権現から大物主命へと変更されています。ここには何のゆかりもない、奈良県の神様です。
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そして歴史的経緯でここには崇徳上皇も祀られています。菅原道真と並ぶ日本を代表する「祟り神」と言える人物です。
崇徳上皇は、平安時代末期の保元の乱で敗北した。いったんは逃げたのですが、まさか上皇をひどく処罰したりはすまい、とたかをくくっていた。頭を剃って、投降したのですが……下された刑は皇族としては死刑に等しい重い罰だった。都の近くではなく、ここ讃岐へ流される事になったのです。
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予想外の遠隔地への流刑でショックを受けつつも、彼はこの地でおとなしく写経などして過ごしていました。ここ金毘羅大権現にも参拝している。そのうち許されて京へ戻れるだろう、とまたもたかをくくっていたのです。
何年か経ち、同じ保元の乱で流刑となった人々が次々に許されて帰京していくなか、崇徳上皇だけは音沙汰なしだった。無念に思った上皇は、自ら書き写した経本を京都へ送り、許しを乞うたんですな。が、後白河法皇は彼に非情だった。送られてきた写経を突き返したんです。

このあまりの仕打ちに、崇徳上皇は舌をかみ、その血をもって写経に呪いの言葉を書き込んだという。
その後髪や爪を切らず、死んだときには天狗のような姿であったというんです。彼は、京都の朝廷に呪いをかけて死んだ。
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彼の呪いは、実現します。
平治の乱、あいつぐ皇族や摂関家の死亡、そして源平合戦で子どもとはいえ現役の天皇が水死するという大惨事が連続し、朝廷の人々は恐れおののいた。崇徳上皇の怨霊を放置できなくなり、朝廷は彼の罪を許し、霊を祀り、必死に呪いが解けるよう祈ったわけです。
その縁で、この寺(神社)に崇徳上皇を神として祀った。
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菅原道真もそうですが、祟り神はいったん祟りが収まり、神として鎮まると逆に鎮護の神となる。
崇徳上皇は四国鎮護の神へと変わり、彼の霊を祀る行事は現在までここや皇室で続いています。

修験道は、ありとあらゆる、ありったけの神様仏様を集めて祀るというのが特徴です。
なので、境内にはたくさんの神社が建っている。

この御別宮は、祀られる神は三穂津姫命。日本海側の海の女神です。1876年の建築。
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急な石段を下っていって10時には車に戻ってきました。
ここからさらに西へ向かいます。

天空の鳥居こと、フォトスポットの高屋神社に数年ぶりに行こうとしたんですが……なんと通行止め。またか。
前回きた時も通行止めで、麓からひいこら歩いて登っていったのが記憶に新しい。この道はいつになったら通れるようになるのか。
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仕方ないので海へ向かいます。父母が浜へ到着。
ここもフォトスポットとして有名なのですが、それは干潮なら干潟が現れるというのが絶景なのですが、今日は満潮。普通の砂浜です。
それにしても僕みたいに太平洋岸に住んでいる人間から見ると、瀬戸内海は本当に穏やかです。全然波がないじゃないですか。海辺に立っていても波音が聞こえてこないってのは不思議ですね。
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by punto1150 | 2025-12-14 10:55 | ツーリング・旅行 | Comments(0)

Vストローム800DEとランドローバーディフェンダーで遊びに行く日記帳です。


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