さあ、これで全日程をクリアしました。
空港へ行く時間です。
その前に満タンにしなくてはならない。空港最寄りのガソリンスタンドは混雑しているのを初日見ている。だから少し離れたスタンドに入りました。
ここでちょっとしたイベント発生。
ガソリン入れようと外に出たら、中東系の男二人が近づいてきた!
来た!!強盗か?
なんかしたらガソリンぶっかけてやる、と身構えた。
しかし強盗じゃなかった。
カードがなくてガソリン入れられないから、現金払うから代わりに入れてくれ、というんです。
20ユーロ渡されて、ガス入れてやりましたよ。一瞬緊張が走り、のどがカラカラになってしまった。悪党じゃなくて良かった。
だがそんなことがあったせいで、ガソスタ出てハッとした。レシート取るの忘れた!
大丈夫かなと思いつつ、シャルルドゴール空港のレンタカー屋を目指す。道路標識を見逃してはなりません。集中!rocation of car rentalの標識を追いかける。
西からですと、いったん空港前を通過して、左へUターンするように向かうのです。ぐるっとまわりこんでさらに左に寄って入り口に入る。
そこがレンタカー屋。無事一発で到着。
窓口に行く必要はないです。返却専門おっさんが外にいる。キーを渡し、車のチェック。ガソリン代のレシート忘れたことを伝える。
レンタカーを無事返却し終えました。一安心です。
空港ビルに入って、JALの案内図を見ながら窓口を探す。JALは二階の一番右奥です。
が!
窓口の前に来るとJALの看板は出ているのにJALの窓口がない。
???
またも警備員さんに聞いてみると、JALの窓口が開くのは出発3時間前だという。それまで30分待つ。
シャルルドゴール空港って、JALは端っこ、日本人スタッフは一人だけ。
意外に心許ないな。
JAL窓口でようやく多くの日本人と会えた。日本が懐かしくて、おばちゃんたちと世間話してました。
そして地元フランス人従業員の適当なことと言ったらない。出国窓口のやつはスマホでYoutube見ながらハンコ押してて、平気で客を待たせている。行列できてるのに閉まっている窓口が半分以上、すごく待たされる。
出国するとシャトル電車に乗ってL駅へ。そして保安検査です。ここもすごく待たされる。羽田のキビキビしたスタッフの倍の時間待たされたくせに、検査は適当。
中に入ると、それはもうフランスブランドの店がずらり。シャネル、グッチなどなど。
だがコンビニ一軒ありゃしない。
帰りの飛行機もエアバス350です。これって往路の飛行機と同じなのでは?
出発30分前に搭乗。
なんと主翼の真横だ…まったく下が見えない。
こりゃどう過ごせばいいのだ。
液晶ディスプレイに表示される映画のラインナップは、意外にも往路と違いがあります。
違う機体なのかな?
リドリー・スコット版の「ナポレオン」を見たり、お気に入りの「教皇選挙」と見たりして、あとは寝てしまった。
往路と違い、断続的ながらも熟睡できた。さすがに疲れが出てきたんでしょう。
とうとう、一週間かけても時差ボケは解消できなかった。食欲もなくて、機内食を食べるのに苦労した。
夜に離陸したのに、外が明るくなってるのを見てシェードを上げてみたら、下に地面?が見えるぞ。
しかしあれは地面か?とおもって見ていると、砂漠なんですよ。
なんで砂漠の上飛んでるの?と不審に思って液晶ディスプレイに地図表示させると、驚いたことに往路とルートが違う。
行きはアラスカ・グリーンランド・アイスランド経由でしたが、帰りはトルコ・タクラマカン砂漠・ゴビ砂漠経由なのです。
てっきり行きも帰りも同じルート飛ぶと思い込んでたんですが、逆回りで帰るんだ。
これはたぶん、ジェット気流の向きが原因なんでしょうなあ。東へ進むほうが速度が出て燃費がいいんです。
中国上空ではちょっと雲が取れて下が見えました。
砂漠は当然として、中国も山がないな。
往路で苦しめられた腹にガスがたまる現象、復路でも発生しました。が、若干楽だったかな?
おかげで断続的ながら、よく寝られました。
朝鮮半島を横切るともう着陸目前です。
ぐんぐん高度が下がり、横浜が見えてきて、やがて着陸。
日本へ帰ってきました。
機外に出た瞬間、蒸し暑さにたまげた。熱帯かここは。
入国の前にトイレで腹の中のガスを排出しておく。でないと電車内でおならが止まらなくなる。
入国手続、荷物の審査はノントラブル。
羽田でなにか食べたい、と思っていたんですよ。しかし行きは多くの店を見かけたのに、入国ゲートすぎるともう目の前に駅へ降りる階段があって、飲食店が見当たらない。そのまま電車にのってしまいました。
藤沢まで座れず、ずっと立っていましたがこれがきつい。
もう疲れがどっと込み上がってきて、ふらふらするんです。
藤沢の駅前でなにか食う気にもなれないほど疲れていて、コンビニで弁当買って帰宅。
やっと、コンビニ弁当ながら日本の食事がとれました。あれほど恋しかった風呂もそこそこに、夜8時前にみな寝てしまいました。