冬の東北 雪道ドライブ旅行 初日前篇

2月の飛び石連休、有給を絡めて東北地方へドライブへ行くことにしました。
目的は、雪景色と雪道ドライブ。そして樹氷です。

1月末、春の陽気が続いて北国の雪がすっかり溶けてしまった。
二泊三日の北陸ドライブ旅行、周囲に雪は残っていたが路面には雪はなし。気温も終始プラス。
そして2月に入ると再び気温が下がり、雪のニュースが入ってきた。これは期待できそうです。

しかしそれでも樹氷を見るのは難しいです。
数年前蔵王で見事な樹氷を晴天下で見ることができましたが、あんな日は年数回もないだろう。
曇っていてもいいからなんとか樹氷を見たいが、寒かったら寒かったでロープウェーが止まっていたり、吹雪や雲で視界ゼロだったり、そう簡単にはいかない。
蔵王がだめなら八甲田という手もある。両方だめという可能性もかなりあるが……




朝6時、出発。神奈川県の気温は0度、平年並みの冷えです。
茅ヶ崎の道の駅建設現場、また建物が一層進んでいますね。順調そうだ。
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満タン給油して高速に乗ったのだが……なんと30分走らないうちに渋滞に捕まった。事故渋滞13kmと表示されている!!
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うーん、ちょっと迷ったんですが、相模原ICで下道に降りてしまった。
が!!この判断、どうやら大まちがいだったらしい。
下道も大渋滞しているんです!!
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高速の渋滞が解消している八王子南ICにようやく入った時には、すでに2時間が経過していた。
通常ならすでに栃木県の佐野SAにとっくについている時間なのに、まだ東京都にいるのです… …
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うちを出発して4時間、10時にようやく佐野SAに着いた。
ここでルートを検討。
どう考えても予定していた午前中のプランは実行できない。昼飯を喜多方ラーメン、という野望はあっさりついえた。
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会津方面へ行くのはあきらめ、福島県中通り地方に行くか。
福島県にはいると、雪が舞い始めました。
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高速で福島県内まで走り、須賀川ICで下道に降りました。少し雪が舞う。
12時前になりました。昼飯を食べよう。

ドライブインかなざわに入りました。ちょっと前にここを通りかかり、気になっていた店です。
今時ドライブインって本当に減りましたからね、貴重です。
ホルモン定食を注文。
ピリッとしたホルモンとキャベツの炒め物、なかなかうまい。メニューも昔ながらのドライブインって感じで、懐かしさを覚えます。お店の人がやたら元気が良くておしゃべりなのも雰囲気がいい。
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12時40分、二本松城の駐車場に入りました。
小雪が舞うが、積もるほどじゃない。気温は2度。
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これは、二本松少年隊の像です。
戊辰戦争で戦った、12歳から17歳の藩士子弟たち。会津藩の白虎隊ほど有名じゃありませんが、二本松藩の戦いぶりも壮烈だった。
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二本松城は、室町時代初期にやってきた畠山氏によって作られたと言われます。数代のち、畠山氏は二本松氏と名を変える。
その後戦国時代を迎えると、伊達氏と二本松氏の戦いが始まる。政宗の父、伊達輝宗に対し、二本松氏は偽の降伏を持ちかける。ここで有名な、伊達輝宗の誘拐未遂事件が発生します。粟之巣の変という。
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二本松義継は宮森城を訪れ、そこに滞在していた政宗の父輝宗に降伏を申し込む。
ところが帰り際、義継たちは輝宗を羽交い締めにし、刀をつきつけて拉致したのです。戦乱あいつぐ時代であっても、隠居したとはいえ元大名が他家の大名に拉致されるなど、前代未聞の事件です。

遠巻きにしつつ二本松勢を追尾していた伊達勢、阿武隈川の河原で一行を襲撃し、人質の輝宗は巻き添え食って死亡、犯人の二本松義継も即死してさらしものにされる。
政宗は現場におらず、事後報告だったといいます。かなりショッキングでドラマチックな事件です。
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即座に政宗は弔い合戦を開始し、二本松城を攻める。しかし相馬や佐竹の支援を受けて、二本松城は落城しませんでした。
実際に二本松城が落城したのは翌年、内部からの裏切りによるものでした。
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その後二本松城はころころ城主が代わります。
幕末、二本松藩は奥羽越列藩同盟の主戦派として明治政府軍と戦います。
近代兵器を装備ししていた新政府軍に対し、二本松藩の装備は刀と槍、旧式の銃でした。銃撃戦では勝ち目がなく、二本松藩は突撃と白兵戦をいどみましたが……余計勝ち目はなかった。
少年隊も多くが戦死、家老城代多くが切腹、二本松城は落城。二本松城は廃城となって取り壊されます。
今見る城は、平成になってからの復元です。
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安達ヶ原ふるさと村、という施設の駐車場に入りました。
あいにく雪のせいか、どこも休業してます。
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安達が原……非常に有名な伝説を持つ場所ですね。
安達ケ原の鬼婆伝説です。その歴史は非常に古くて、奈良時代におこったものと言われる。
その内容を詳しく書くと長文になりますが、鬼婆物語は二部構成です。
前半がある老婆が鬼と化する過程の物語。実の娘と孫を誤って殺してしまう話です。
後半が祐慶という高僧が偶然鬼婆の家に泊まり、逃げ出して熊野権現や観音菩薩の力を借りて逃げ切る話です。

この小山は、黒塚といいます。塚というより丘だが……黒塚は山の名前というよりも、この周辺の地名、ひいては鬼婆伝説そのものをさす名詞となっている。
和歌の枕詞に使われており、のちに能の題目ともなっている。その和歌ゆかりの地を訪ねてきた正岡子規も来て
涼しさや 聞けばむかしは 鬼の塚 
と詠んでいる。
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観世寺は、上記の祐慶が鬼婆と犠牲者を弔い、また助けてくれた観音菩薩を祀ったのが由来という。
本物とは思えませんけど、鬼婆のつかった出刃包丁、人から取った肝をいれた土器などが展示されているらしいのですが、あいにくのお休み。
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五重塔の中には、母子像が安置される。
仏像ですから、鬼子母神でしょうね。我が子のためにと思って、誤って我が子を殺してしまった鬼婆を弔う。
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この鬼婆伝説、その悲劇的な始まりとダイナミックなエンディングもあって、能、歌舞伎、浄瑠璃、和歌、俳句、映画にもなり、手塚治虫まで漫画にしています。

すぐ近くの道の駅安達に入りました。
ここでもちょっと買い物。
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by punto1150 | 2025-03-07 19:02 | ツーリング・旅行 | Comments(0)

Vストローム800DEとランドローバーディフェンダーで遊びに行く日記帳です。


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