呉・広島ドライブツーリング その7

広島中心部の南、舟入のコインパーキングに車を止め、折りたたみ自転車を取り出す。
まず向かったのが、江波
すずさんの故郷です。

すぐ目にとまったのが、この松下商店
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子供の浦野姉妹は、左端の奥から走ってきて、画面右へ向かって小学校へ向かった。
つまり、この画像左奥に浦野家があるのですな。
しかし今は高架の道路がかかり、すっかり変わってしまいました。
松下商店は営業している風がなく、戦前からの建物=被爆建物として、なんとか保存して欲しい。



そこから右へ振り向くと、土手があったので登ってみました。
広島方向を見ています。
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この土手は、1950年代の航空写真には写っておらず、戦後に作られたものです。
戦前は土手がなく、左下の道が川岸でした。かなり風景が変化している。
川岸には海苔を干す台が並んでいて、すずさんの記憶の原風景となっていた。



江波漁港から江波山を見上げます。似たアングルで江波山が映画にも写っていましたが、山頂の高い建物は江波山気象館。すずさんの子供の頃、昭和9年建造です。当時は広島測候所でした。
漁港、測候所ともにすずさんの子供時代から存在しています。
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この建物、古そうですねえ。
多分戦前の建物でしょう。映画に写っていたかなあ?
江波の町は、高架の高速道路ができたせいでかなり景観も道も変わってしまっている。
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江波山にある、衣羽神社です。読み方はおなじく「えば」。
昭和どころか、平安時代からここにあったのです。
この階段を登って、江波山山頂へ向かいます。
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江波山気象館
左の建物は新しく、戦前はありませんでした。
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江波山山頂は、今は公園になっています。
キービジュアルの一つ、小学生のすずが水原に「波のうさぎ」の絵を描いてあげた、その場所です。子供のすずさんの仕事の一つが、この山に焚き付けの枯れ葉を拾いに行くことでした。その時期は、江波山が海岸線だった。
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また、すずさんに縁談が来たときに、おばあちゃんからもらったピンクの着物をはおってこの山に上り、周作親子と出会った場所でもある。そのときには目の前の海は埋め立てが進み、工場が建ち始めていました。
現在はその頃よりさらに埋め立てが進行し、海が遠くなっています。
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江波山から東方向、太田川を眺めます。
川向うの平地は、埋立地。
すずさんが子供時代は海で、海苔が取れる浅瀬だった。カキの養殖が始まり、養殖イカダが浮いていました。
埋め立てられたあとは、陸軍の飛行場となった。映画にはそこへ着陸してくる一式小双発高等練習機?が写っていました。
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広島市街へ自転車で向かいます。
この道は、映画冒頭でちいさなすずさんが、海苔の入った風呂敷包みを背負って歩いていた道。
すぐに船に乗せてもらえて、ラッキーでしたね。
当時は右の土手は存在せず、道からすぐにストンと落ちて川でした。
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太田川ぞいにずーっと北上していく。
今は橋の本数が増えていますが、戦前は相生橋の南に3本しか橋がなく、すずさんを乗せた砂利船がくぐった橋は2本だけ。
そして元の中島本町に近づいたところで、これが見えた。
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子供のすずさんが、砂利船から降ろしてもらって風呂敷包みを背負い直していた雁木です。
画像のネッツトヨタの位置に、森永製菓広島店が建っていました。
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今は平和記念公園になっていますが、当時は中島本町という繁華街でした。
そして、この建物、当時は大正屋呉服店でした。
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当時一階の窓に真鍮製の手すりがあり、映画ではそこに風呂敷を背負ったすずさんがよりかかっていた。
空を見上げるすずさん、映画タイトルが浮かび上がり、オープニングの曲がかかる寸前のシーンです。
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この建物、原子爆弾の爆心直下に建っていたのに、ほとんど無傷で現在に残る。
めちゃくちゃ強運の建物です。



産業奨励館です。今は原爆ドームと呼ばれてます。
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すずさんが結婚後に実家に戻った時、この位置に立ってスケッチしましたね。
「さようなら広島」とつぶやきながら。
すずさんが終戦後再びここを訪れたときは、この姿になっていました。



同じ位置から、相生橋が見える。
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映画のはじめ、すずさんは怪人にさらわれて、ここで逃げ出した。後の夫、周作さんとの出会いの場です。
そしてなにより、終戦後のシーン。爆風で倒れかかった橋の欄干に二人でよりかかり、あの名セリフ。
「周作さんありがとう。この世界の片隅にうちをみつけてくれて」




このストライダで平和記念公園をひとまわり。
土曜日とあってかなりの賑わいでしたが、なによりも外国人、それも欧米人がすごい大勢いたのが驚き。
昔ここに来たときは、日本人しかいない印象だったんですが。
欧米人の観光客を、欧米人のガイドが案内して回っていました。
対して、全日本どこでも見かける中国人観光客が全くいなかったのが対照的でした。
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このへんな自転車に乗ってると、目立つんですよねえ。
途中外人おじさんに話しかけられてビビりました。




この日の夜、福山市で約束がある。
そろそろ出発しないと。

瀬戸内海の風景は、神奈川県に住んでいるととても新鮮です。
神奈川県で海といったら水平線と砂浜を意味しますが、ここ瀬戸内ではストンと落ちた海岸、無数の島々で水平線がない。物珍しいのですよ、この風景が。
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前日の自動車トラブルで時間がなかった。
温泉に入る余裕がなく、まる2日風呂に入れていない。絶対風呂に入らなくてはならない。
福山市郊外のみろくの里にある、昭和の湯に来ました。二回目の訪問です。
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500円と安いし、施設は新しくてきれい。いい温泉です。
しかしまあ、混んでたなあ。駐車場いっぱい、ロッカーがなかなか空かないのにはびっくりした。




福山市街の、お好み焼き吉甲でケロさん(仮名)と待ち合わせ。
この店は3回目になります。確実な、美味い広島風お好み焼きが食べられる。
しかしなんと、この日この店は極度の人手不足で、長い待ち時間ができてしまった。
大勢客が並んでいるのに、ご主人夫婦しかいないのですよ。こりゃ大変だ。

だが、ここのお好み焼きは美味い。
待った甲斐はあった。しかもケロさんにおごってもらった。毎回おごらせて申し訳ない!
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前日からの寝不足もあり、早く寝たい。
最寄りの道の駅笠岡ベイファームで10時前に寝てしまいました。

続きます。


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Commented by Kachi at 2017-05-10 00:13 x
広島は、17年くらい前に勤務していた土地だし、3年前にはゴールデンウィークにバイクで久しぶりに行って懐かしかったです。
大和ミュージアムも素晴らしかった。
原爆ドームはもちろん見ていましたが、爆心直下の元呉服屋の存在は知りませんでしたね。
相生橋は標的にされた橋ですね、昨年のオバマさんの来訪は印象的でした。
いろんな感情が出て来ます、今でも。

Kachi//
Commented by punto1150 at 2017-05-10 19:16
Kachiさん
広島にお務めだった時があるんですね。
広島も呉も、街はわりとこじんまりしてるのですが、必要なものが過不足なくあって、住みやすそうな所だなと感じました。

爆心直下の大正屋呉服店は、現在平和記念公園のレストハウスとして使われています。
原爆投下直後の広島を写した写真に、ぽつんと建っている建物がこれなんです。

ほぼ全壊した産業奨励館(原爆ドーム)と違い、この建物はしっかり建っていたのです。

この貴重な建物を、馬鹿な市長が古いから取り壊そうとか言い出したことがありまして、一時大問題になりました。結局計画が動き出す前に市長がやめてしまい、今に至る。
どこの自治体もバカが市長になったりすると大変なんですよ。
by punto1150 | 2017-05-09 22:38 | ツーリング・旅行 | Trackback | Comments(2)

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