登山の今昔 服装と食料のこと

昔の登山の服装はネルのワイシャツにウールのニッカボッカ
いまどき山でニッカボッカはいてる人なんて一人も見かけませんね。
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ナイロンの上着はヤッケと呼ばれていて、ペロンペロンの薄いものでした。
冬山であっても、セーターにヤッケを重ねる程度。よくもまあ低体温症にならなかったものです。
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ゴアテックス、という素晴らしい防水透湿素材は、ちょうどその頃登場してきたものです。
しかし非常に高価でした。
高校生に買えるものではなく、本格的な登山家が装備するものでした。
僕にとってゴアテックスという響きは、特別な、ゴージャスなものなのです。憧れでした。そのせいで、ゴアテックスとつく衣料がすごく欲しくてね……ゴアテックスジャケットだけで10着近く持ってますよ……

防水透湿素材が出回っていなかったので、雨具は折りたたみ傘でした。
当時のカッパはビニールかゴムでしたので、着たらものすごい蒸れる。
雨で濡れるより汗で濡れるほうが大きいくらいなので、山でカッパを着てる人はあまりいなかった。
傘をさしながらの登山は、それはもうつらかった。

冬山では、タオルのねじり鉢巻、ネルシャツにセーターとヤッケ、下半身はニッカボッカにソックス。手は軍手、足はキャンバスの軽登山靴という出で立ちでしたので、たちまち全身びしょ濡れになり、つま先が冷えきって感覚が無くなる。
スパッツ?聞いたことありませんでした。

靴はただのキャンバスで出来ていた。キャラバンシューズ、と呼ばれていました。
キャラバンシューズは本来メーカー名なんですが、当時は軽登山のことをキャラバンと呼んでいた。
今のようにトレッキングシューズ、ブーツといったものはなくて、革でできたごっつい重登山靴か、キャンバスの軽登山靴に分かれていました。
防水性はゼロ、これで雨の日、特に雪山に登った日には……凍傷にならないほうがおかしい。
当時は地下足袋や長靴で登山してる人もいたんですよ。
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こんな格好で高校生が冬山に登れば、遭難するのがむしろ当たり前。
僕が高校生当時は、実に遭難が多かった。
逗子開成高校パーティーが雪山で全滅し、7名の死者を出したのもよく覚えています。
その事件があったおかげで、高校生の冬山登山は大幅に自粛することになり、僕の雪山経験の少なさはそれに起因する。

食料事情も雲泥の差があった。
今のようにドライフードが発達しておらず、せいぜいカップヌードルがあった程度なので、山には生米や餅を持って行きました。調理に使う水も多量になり、そのぶんたくさん水を持っていく必要がありました。
包丁やまな板も持って歩いたものです。

調理器具もまたかなり違っていた。今同様のガスコンロはありましたが、当時は火力が弱くて大人数の調理には使えなかった。
真鍮製の灯油コンロを持って行ったのです。燃料ともども、重くてでっかかった。火をつけるのもコツと時間が必要でした。予熱に固形アルコール(エスビット)が必要で、うっかりすると盛大に火柱が上がりました。絶対テントの中じゃ使えないものでした。
食料も調理器具も、でかくて重かった。
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とまあ、昔の登山は大変でした。
道具類が一点一点、重く、低機能でした。
ひとつあたりの機能が低いから、たくさん持っていくハメになる。そしてよけい重くなる。

そして一人当たりの荷物が20kgや30Kgにすぐいってしまうんですよ。
今じゃ到底持てない、持って歩けない荷物量でした。我ながらよく歩けたなあ……


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by punto1150 | 2016-10-07 18:51 | 登山・ハイキング | Trackback | Comments(0)

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