足柄古道を(全部)歩いてきました その1

今年の1月に足柄古道を歩いたばかりなのですが、早くも再び同じ道を歩いてきました。

といっても、前回と今回はだいぶ違います。
前回はルートの過半をカブで走ったのに対し、今回は電車アクセスで全て徒歩。
そして、足柄峠を越えてその先、下りきるまで全部歩いたのです。

なぜ歩いたばかりの道を、間をおかずに再び歩いたのか?
それは、今年秋、職場の仲間と遠足に行く予定のルートを下見しておこうと思ったこと。
そして、大重量のバックパックを背負って、どれくらい歩けるのか試そうと思ったからです。

出発地は、大雄山線終点の大雄山駅から。
足柄を代表する人物?金太郎がお出迎え、そしてお見送りです。
d0161702_19113107.jpg


今回は、必要以上というよりも、まったく必要ない大荷物を背負っての歩きになります。
僕の持っている最大のバックパックを持ってきました。
d0161702_19113462.jpg
中身は、テント泊を想定した荷物。
テント、シェラフ、マットのほか、着替え、食料に加えて、今回飲む水2L 、予備の水2L。
総重量は18kg。







9時ちょうど、大雄山駅を出発して歩き出しました。
d0161702_19122466.jpg


歩き出してすぐ、背中の荷物が肩に食い込んできた。
あれ?予想以上にきついぞこの荷物……

前回も同じ道をカブで走ったのですが、その時は気が付かなかった様々なものが見える。
白地蔵とか化粧地蔵と呼ばれるお地蔵さんです。
安産を祈願し、無事出産するとお礼に小麦粉を塗りつけるのだそうです。
d0161702_19122721.jpg


ここから足柄古道へ入る。
d0161702_19122987.jpg

古道、というといつからいつまでメインの道だったのか?ってのが問題になりますが、画像左に走る現代のメインルート、これは実は結構古い道なのです。
江戸時代、この道が「矢倉沢往還」と呼ばれていた時代には広い方の道がメインルートだった。

江戸時代以前は?というとはっきりわかりません。
ですが、奈良時代、律令制が整って全国に官道が作られた時に、今の広い道が官道として作られたとする論文を読んだ記憶がある。
官道は、まっすぐ通せるところはまっすぐ道を作る傾向がありますから。

古道をちょっと歩くと、足柄神社がある。
ヤマトタケルノミコトが足柄を越えるとき、道案内した白い鹿を神として祀ったのが由来で、もともと峠の上にあったんだそうです。
幕末になって平地に近いここへ立派な社殿を立て直した。
d0161702_19123236.jpg



初夏のこの日、あちこちで野草が花をつけていた。
d0161702_19123412.jpg

続きます。

トラックバックURL : http://punto1150.exblog.jp/tb/23239573
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by punto1150 | 2016-06-21 19:16 | 登山・ハイキング | Trackback | Comments(0)

BMW R1150GSとBMW 320dで遊びに行く日記帳です


by punto1150