自転車で横須賀へ その2

三笠に来るのはこれで何回目だろう……10回以上は来てると思う。
中に入ったのは5回くらいある。
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日露戦争中の連合艦隊旗艦、戦艦三笠に関して改めて説明することもないでしょうが、意外に三笠は不運な軍艦だったりします。
この戦艦、生涯2回も沈没してるんです。
一回目は日露戦争直後。爆発事故を起こし、佐世保港に沈没した。水兵のいたずらが原因と言われています。
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二回目は横須賀で関東大震災に遭遇。地震で岸壁に激しく衝突し、浸水して沈没着底しました。
あわや解体、というところで保存運動が起き、二回目の引き上げが行われて、今の場所に固定されました。軍艦として復帰できないよう、艦底にコンクリートを流し込み、二度と航海はできなくなった。





三回目の災難は、太平洋戦争の敗戦。
恨みを持つソ連からの要求で解体されそうになったのですが、アメリカの横槍のおかげで解体はまぬがれた……ものの、上部構造物のすべてが撤去され、ダンスホールと水族館が乗せられ、もはや軍艦に見えない姿に成り果てました。

そこを救ってくれたのがアメリカのニミッツ提督。
私財を投じてくれるなど、三笠の復元に尽力してくれました。肝心の日本人が賛否両論と縦割り行政でなかなか動かなかったのに対し、東郷平八郎を尊敬するニミッツ提督ががんばってくれたのです。日本はいつもこう。
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撤去されたパーツのうち、残っているものは元へ戻されましたが、主砲塔や煙突はクズ鉄行きで残っておらず、すべてレプリカです。幸運なことに、ちょうどチリ海軍の旧式戦艦が解体されたので、そのパーツももらえました。
なので、戦艦三笠のオリジナル部分は船体だけ、といってもいいんですよ。よくぞここまでもどしたもんです。
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不運な軍艦と書きましたけど、第二次大戦前に就役したあらゆる軍艦で現存するのは三笠のみ。
幸運艦として知られる雪風も響も残ることはできませんでしたから、三笠は日本一幸運な軍艦なのかなあ。

この船にのるのは5回目くらいなのですが、来るたびに展示が変わりますねえ。
上映される映像も毎回違ってる。ペンキも塗り直され、とてもきちんと管理されている。何回来ても楽しめます。



なんと、艦船模型がずらーっと展示されてます。その名も艦隊コレクション。
いやーすごい数です。圧巻ですな。スケールは1/350?かな。日露戦争から現代まで、数百隻がならぶ。プラモデルもあり、フルスクラッチのものも多い。日露戦争のロシア艦は、どんな形かしらないものが多くて、とても勉強になった。
1/700のものも展示されていて、とてもキチンと作ってあります。さすがです。
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記念艦三笠、艦これの影響でしょうか、若い人が大勢見に来ていて、艦船模型を指差してあれこれ話していました。
こういうところは老人ばっかりになりがちなので、とてもよい影響ですね。

さて、帰らなくてはなりません。
復路は三浦半島を横断し、葉山に出てから海岸線を走ろう。

が!!
この道は大変だった。三浦半島横断の道は起伏が多く、登ったり下ったり……もう足が……ヒイヒイ言いながらこぎつづける。
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スタミナが切れかけた頃、やっと葉山に出てきました。
葉山マリーナの前を通る。
有名なのは逗子マリーナですが、こっちの葉山マリーナはこじんまりして瀟洒な飲食店などもあったりして、すごくおしゃれですね。
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鎌倉の海岸線を走っていきます。
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道路は大渋滞ですが、自転車は関係なし。スイスイ走れます。
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帰宅してオドメーターを見ると、54km走っていた。
まあ、現状で50kmくらいなら走れるってことか。以前小田原まで往復70km走った時はバテバテだったからなあ。

4時間弱、自転車をこいでいましたが、さて4時間登山するのとどっちがつらいか?
まあ、正直どっちもおなじくらいのつらさですな。
でも、登山ですと苦労の果てに絶景が待っているし、美しい森のなかを歩き、空気も実にきれい。
自転車だと市街地や車の多い道路を走らざるをえないので、排ガスがキツく、おまけに危険です。新鮮な山の空気を吸える登山と違い、自転車で街を走るのはちょっと健康に悪そうな気がしますね。


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Commented by Kachi at 2015-12-03 22:40 x
三笠復元の賛否両論てなんでしょうね、やっぱりあっち系の人の戦争反対なのかな。
私も戦争そのものはいいとは思いませんが、ロシアを含む西欧諸国にアジアの島国が初めて勝てた象徴は、日本人だけではなく、アジア全域にとっての輝かしい金字塔だと思うのですよ。
こういうものをしっかり残して時刻の誇りとできる気持ちがないといけないと思いますね。
なんか日本は自虐的にすぎます。

Kachi//
Commented by ganmodoki at 2015-12-03 22:51 x
三笠にそんな歴史があったんですね〜
日本海海戦の華々しい戦果はよく知ってますが、その後の事なんて知るよしもありませんでした。
てっきり、その功績を称えられて保存されているのかとばかり思ってました。

東京に住んでいたとき、行きたいとは思ってましたが行くことができず、いまさらなが後悔してます、蒲田にすんでたんで電車一本だったですけどね...
Commented by punto1150 at 2015-12-04 19:02
Kachiさん
反対意見は、どっちかというと現在のデモとかやってる人たちの意見ではなくて、「税金の無駄」とか「あんなもの何の価値があるの?クズ鉄にしたほうが役に立つよ」みたいな意見ですね。復元しようという話が出た1950年代後半はまだ60年代のような左翼運動は盛んじゃありませんでした。
何よりも、役所の縦割り行政が足を引っ張りました。そもそもどこの省庁の管轄か?から始まって、どこが予算出すのか、とかの役人の押し付け合いですね。
結局当時の防衛庁が所轄することになり、今も海上自衛隊の所有物件です。実際に案内したりチケットを売ったりしてるのは外郭団体ですけどね。

兵器を記念物として後世に残す事業は、日本じゃ金出してくれる人がいません。例のゼロ戦も金が集まらなかったようですし、日本人は機械が文化財だって意識がないのですよ……

Commented by punto1150 at 2015-12-04 19:12
ganmodokiさん
大戦前の軍艦が残っているのはこの三笠だけです。なのでとても貴重なものなんです。
終戦直後、戦艦榛名をはじめとする多数の軍艦が傷つきつつも残っていましたし、大した損害のなかった戦艦長門、巡洋艦酒匂、鹿島、雪風や響など20隻もの駆逐艦、空母鳳翔などなど……
みな海外に引き渡されるか、クズ鉄になってしまいました。
事故で爆沈した戦艦陸奥の主砲塔が引き上げられたりしたのに、砲身を残してクズ鉄になってしまいましたし……要するに残そうって気が日本人にはないのですよ。
一隻でも記念艦として残してくれていればなあ、と心底残念でなりません。
by punto1150 | 2015-12-03 19:09 | ツーリング・旅行 | Trackback | Comments(4)

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